intervire 29. ICE BAHN(後編)




2008.8.29(FRI)


玉露「それから初めてスタジオに入って録ったのが『STARTREC』。そこからいろんなノウハウを学んだってのはあったね。」

KIT「いろいろ勉強にはなったよね。」

Che Guevara「20歳くらいの自分らと同じ世代の音楽性ってどう思いますか?地元の若手をフックアップしたりとか?」

玉露「もちろんオレらがもっと有名だったら、フックアップ出来るけどさ。今はまだ横の繋がりでやってる感じで、いつかフックアップ出来る日が来たらいいね。 そういう姿勢でもらうデモとか聴いてるしね。」

LEE「デモをもらったり、ライブを見たりする時って、どんなことに注意して聴いたり見たりしてますか?」

KIT「ライブを一回見て事細かにわかることなんて無理だからキャラクターかな。そいつに引きこまれるかどうか。 音源てキャラクターが出づらいから。」

FORK「どこを注意して見るかってより、見ててどう訴えかけるか?どう魅せるか?こっちがいいところを探すもんじゃないと思う。 何がささるか?そういう点ではけっこう受身かもね。」

LEE「『STARTREC』出す前は自分たちで音源作ったりしてたんですか?」

玉露「作ってた作ってた。バンバン配ってたね。」

KIT「作った自分の音源を100%客観的に聴けたら、次に作るときは絶対変わるから。その時点での自分たちを一枚のジャケットに封じこめる作業をする。 それをドンドン沢山の人に聴いてもらうってスタイル。 形を作って出すことによって、売れている(人気のある)アーティストと自分が何が違うかがしっかりわかるから。」

玉露「オレもオヤジぶるの嫌だけどさ、昔はカセットテープだったんだ、デモテープってね。今はデモCDでしょ?デモCDにするにはさ、それなりの機材があるわけでしょ? 俺なんてマイク何使っていいかもわかんなかったし…」

KIT「オレもオヤジぶっちゃうと、オレなんか日本語ラップってそれこそ情報が少なかったから。さんぴんの人たちを聴いてたね。それしかサンプルがなかったっていうか。」

玉露「でも、オリジナルって何か?を自問自答してたね。当時から一小節も踏み外したことはなかったね。だから多分FORKとも繋がれたんだし。FORKとはもともと違うチームだったからね。」


S.B.「えー、みなさんのアルバム"OVER VIEW"の中でのFAVORITE SONGを教えてください。」

KIT「オレは"VS"。自分とタイマンを張るっていうテーマで、自分の内面をストレートに表現できた。」

玉露「オレは最後の"SPECIAL THANKS"。普段ていうか、今までのICE BAHNにはなかったから。あーいうのやりたかったし。スゲー気にいってる。」

FORK「"あの時"かな。オレ的にトラックも好きだし。韻踏との"ベストマイクロフォニスト賞"もずっとやろうやろう言っててやっと実現した。」

BOLZOI「ツボイ君との曲"OPEN YA MIND"ですね。あれは前の曲から、時間を重ねて仲良くなって、これからもツボイ君とは是非やりたいし、いい形で残せたと思います。」

玉露「奉行は何が好きなん?」

BEAT奉行「あーオレはやっぱ"ダイナモンド"っすね。」

玉露「あくまでも自分の曲?」

BEAT奉行「まあそうっすね。」

玉露「今日は何しに来たん?」

BEAT奉行「…牛タン食べに。」

玉露「ついに本性現したな(笑)」

BEAT奉行「…仙台好きっす。」




jans「BOLZOIさんに質問なんですけど、BOLZOIさんてDJ始めた頃から日本語オンリーなんですか?」

BOLZOI「いや入りは普通にスケボーのビデオとかから洋モノ聴いて、でもさんぴんキャンプあたりで日本語にハマり、それからは両方聴いてきたけど、 言ってる言葉がわかるから楽しいなって。今は日本語やる機会のほうが多いかな。」

玉露「イベントによってはそうじゃないのも回すしね。でも、日本語を回す時のBOLZOIは輝いてるよ。」

FORK「GLAREって日本語オンリー?」

Che Guevara「まあけっこう日本語ラップ好きなやつはそろってますね。」

玉露「"蝕"ってイベント知ってる?」

Che Guevara「知ってます。」

BOLZOI「"蝕"はみんなセラート使ってるね。普通のクラブに遊びに来るお客さんはレコードでしか出てないやつは聴いてなくて、CDを買ってそれを聴いてる。 なら、それをかけるためにはPCが必要。必然的な流れでセラートになったね。」

S.B.「仙台にも"蝕"みたいな日本語ラップオンリーイベントが欲しいですね。でも、日本語ラップかけるDJが増えてきたような気がする… これからですね。」





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